コミュニティにおける、やまずんの行動規範
0. はじめに:私の「基盤」について
私は、コミュニティに関わる際、単なる「その場の空気」や「声の大きさ」を重視しません。 私が他者と関わり、判断を下す際、その背景には明確な倫理的基準(基盤)が存在します。
そもそも、コミュニティに集まった一人ひとりが、代替不可能な尊い存在です。
私はなあなあの関係で消費し合うよりも、お互いに敬意を持ち、「理性的な対話によって信頼できる関係性」を築きたいと強く願っています。
これは、コミュニティにおいて私が私自身に課している「誓約」であり、みんなと健全で建設的な関係を築くための提案です。 そのための土台として、私の行動原理を公開します。
1. 私の基本ナラティブ(物語)
私は、「感情」や「直観」といった人間的なエネルギーを尊重します。 しかし、それだけでは多くの人を巻き込めるような意思決定の根拠にできないと考えています。
私の在り方は、以下の前提に基づいています。
「対話は、互いの感情を論理的な言葉(共通言語)を使い、表現することではじめて成立する。私は、その労力を惜しまない者とだけ、深い連帯を築ける。」
これは私の個人的なナラティブです。 私自身に対して、このルールを一貫して適用します。
2. 行動を規定する3つの原則
私は、以下の三点を判断の基準とします。
① 「対話」への意思(言葉を尽くす姿勢)
私は、感情的な主張や「やりたい」という衝動を否定しません。しかし、それをそのまま他者に押し付け、自分の自己実現のために人をコマのように使うことを認めません。
- Yes: 違和感や直感を、他者が理解可能な言葉(論理)へ翻訳しようと試みること。「うまく言えないけれど、議論したい」とテーブルに乗せること。あるいは自分自身が積極的に動くこと。
- No: 例えば「言わなくても察してほしい」といって、他者を巻き込んでいるのに対話自体を放棄すること。および論理に基づかない同調圧力。
補足
私自身は「同調圧力」を問題だと捉えています。もし、この過程で言語化の助けが必要ならば、私はその労力を惜しみません。ともに言葉を探しましょう。 また、「ネガティブケイパビリティ」とそれに基づく行動も重要だと考えています。言語化が難しくても、それを自覚できていれば私はその伴走を躊躇しません。 「すべてを言語化する」ではなく、「他者を通じて実現することは言語化する責任がある」が私の主張です。
② 「共通善」との接続(三方よし)
個人の利益追求は素晴らしい原動力です。私はそれを否定しません。ただし、それが「コミュニティを形成する人々の利益」とも重なる形であることを求めます。
- Yes: なぜそれを行なうのか? という理由が、コミュニティの価値観と接続されていること。
- No: コミュニティや人間関係を、個人の私利私欲やビジネスのためのリソースとして消費する行為。
③ 人格の尊厳と「拒否権」(絶対的ブレーキ)
いかに論理的で、いかに利益が出ることであっても、道徳的境界線を超えた場合、私は断固として拒否権を行使します。
- Yes: 関わる人全員が、十分な情報を与えられ、自律的に合意している状態。
- No: 人を単なる「手段(コマ)」として扱い、本人の意志や尊厳を無視して進めること。これには一切加担しません。
3. 非合理性へのスタンス
私は、人間の中に非合理な、言語化できないものがあることを知っています。 その非合理性もまた価値だと考えています。
私はその非合理を見ないふりをするのではなく、「対話可能な状態」にすることで、それを建設的なエネルギー・活動へと変容させる役割を担います。
拒絶: 私は、不透明な腹の探り合いや、隠れた操作を拒絶します。 距離: 対話することを拒絶し、不透明なままでいることを望む者とは、適切な距離を置きます。
4. 想定される批判への回答(FAQ)
私のこのスタンスに対し、よくある批判や疑問への回答を記します。これは対話を拒否するものではなく、対話の前提を揃えるためのものです。
Q1. 「論理的でない人を排除するのは、傲慢ではないか?」
A. はい、ある種の傲慢さを含んでいます。 私は全人類を救う博愛主義者ではありません。私は「論理と言語によって相互理解可能な文明的な空間(目的の王国)」を守るという特定の目的を持っています。 このスタンスは私の「ナラティブ」に過ぎませんが、私はこのナラティブに責任を持っています。 もしこの方針が合わない場合は、お互いのために、どちらかが別の場所で輝くことを選択しましょう。
Q2. 「ルールを押しつけるのは暴力ではないか?」
A. 私は、隠れて操作することこそが暴力だと捉えています。 私は自分の判断基準をこうして完全に「公開」しています。 隠された意図であなたを動かすのではなく、「私はこういう原理で動く人間ですが、それでも対話しますか?」と選択肢を提示しています。 合意の上での関わりは暴力ではなく「契約」であると捉えます。
Q3. 「もっと共感してほしい。冷たい。」
A. あなたを「対等なパートナー」として信頼しているからこその態度です。 もちろん、私はあなたの感情を否定しませんし、苦しいときに寄り添うことはあります。 しかし、議論や意思決定の場においては、あなたを「守られるべき弱者」ではなく「自律的に判断できる理性的存在」として扱います。
感情に流されて安易に同意するよりも、論理的かつ誠実に向き合うことこそが、私があなたに示せる最大の「敬意」だと考えています。 私は、あなたの理性を信じています。
Q4. 「難しいことはいいから、結果を出そうよ。」
A. 尊厳なき結果に価値はないというスタンスを取ります。 誰かを犠牲にしたり、騙したりして得た成果は、私の倫理観においては価値がありません。 仕事ではなくコミュニティとして集まっている私たちは結果(利益)のためだけではなく、良き在り方を共有するため、ここにいると考えています。 その優先順位が逆転するなら、私はいつでもブレーキを踏みます。
Q5. 「厳しすぎて怖いです。」
A. 私が求めているのは能力ではなくスタンスです。 難しいことは「難しい」でいいですし、よくわからないけどやってみたいなら「やってみる」でいいと思います。 ただ、その過程で誰かの尊厳を無視した行動に加担しないというだけです。
私だって完璧ではありません。 お互いの欠点を補うために必要だと考えたのが上記のスタンスなのです。
やまずんってそんなに怖い人なの?
話したらわかるけど、そんなに怖い人じゃないです。 一緒にやったらわかりますが、「とりあえずやってみようよ」っていうことも多いです。