はじめに:キラキラ1人目QAエンジニア
“1人目QAエンジニア”という言葉があります。 これはとてもキラキラした言葉です。
まるで自分のキッチンを持ち、これからオーナーシェフとして手腕を振るうような、ワクワクした感じがありますね。
1人目QAエンジニアは「1人目」というわけですから、最後ではないことが自明です。
1人目QAエンジニアは土台を作り、組織化します。
つまりQAエンジニアの雇用を生み出すのです。
私は1人目QAエンジニアのサクセスストーリーをたくさん見てきましたし、その渦中にいたことがたくさんあります。
しかし同時に、その渦中で組織との歪みが生じる場面にも立ち会ってきました。
本稿では「1人目QAエンジニア」という存在が、組織に対してどのような力学を及ぼすのか、その危うさと可能性を検討します。
1人目QAエンジニアの旅路
1人目QAエンジニアは、何もないところに”QA文化”あるいは”QA組織”というものを作ることになります。
ある程度経験してきた「ベテラン」のQAエンジニアが担うことになることも多いです。
彼らは1人目QAエンジニアとして、組織から承認され、期待され、そして権限を委任される形で「最強のQA組織」を作っていくのです。
1人目QAの形成
1人目QAエンジニアが最初に始めるのは、やはり「QAとはなんなのか」を自ら言語化することではないでしょうか。 ここにはその人自身のナラティブが多分に含まれることが多いでしょう。
- ソフトウェアテストを学術的に学んだ人
- 歴史のある製造業でTQMを学んだ人
- Web系のスタートアップを上場させた人
- 第三者検証会社でマネージャーに上がった人
彼らはさまざまなナラティブを持ち、それを元に、「1人目QA」が形成されます。
QA組織の形成
そして、ある程度地盤が固まれば、あるいは時期がきたら、経営層からの支持があれば、 「QA組織」を組成することもあります。
これは多くの場合は「採用」という活動に入ります。
テストベンダーに外注する場合もあれば、フリーランスを取る場合もあります。
別の職種からQAエンジニアというロールを渡す場合もあるかもしれません。
ここから、1人目QAエンジニアが考えるQA組織像が作り上げられていくのです。
QA組織の成熟
人を増やしてすぐに成熟するQA組織は稀だと思います。 さまざまな仕組み化・合意形成・価値観の共有・教育がなされます。
そうした過程で2人目、3人目とQAエンジニアは増えていき、その組織における「QA組織」は作り上げられていくのです。
1人目QAが作る「QA組織」の危うさ
このストーリーは典型的な1人目QAのサクセスストーリーです。
一方で、この段階のなかで脱落する人、あるいは脱落する組織、なにより脱落する1人目QAをいくつも見てきました。 その点について少し考えてみたいと思います。
1人目QAの自己投影
前文では1人目QAのナラティブがQA組織を作っていくことを述べました。
そこでよく起こるのが「1人目QAが他のQAエンジニアへ自己投影すること」です。
「自分のあり方」「自分のやり方」を人に伝えたい、あるいはそうしてほしいという願いが表出し、それが採用や仕組みに表れてくるのです。
これは全くおかしいことではなく、そうしたことを見越して1人目QAを採用した組織は多いと思います。
彼らは自己投影する権利があるのですから。
ルサンチマンとしてのQA
QAエンジニアのアイデンティティ形成において、その根底に『ルサンチマン』が横たわっているケースは少なくありません。
ルサンチマンとは、弱者が強者に対して抱く、妬みや恨み、劣等感が入り混じった複雑な感情のことです。
今ではだいぶん少なくなりましたが、「テスターは新卒の仕事」や、「ソフトウェア品質保証はくだらない」といった言説に心当たりのある方もいるのではないでしょうか。
これらは事実として起こっていました。
そして、多くの「ベテランQA」はこの圧力を乗り越え、成果を出した人々です。
”QAはナメられてはいけない”“QAは本来高尚な仕事だ”そういったマインドセットが土台の一部に形成されていることは、私自身もそうであり、そういった人も少なくありません。
仕組みへの自己投影
こうしたことは、QA組織の成熟過程で、N人目QAへの”教育”という形で、あるいは仕組みという形で表出することがあります。
その人自身がジュニア時代に未完了だった苦労や怒りが、1人目QA自身の物語を反映・精算するための場となることもあります。
- 「各チームには1人は専門のインプロセスQAエンジニアがいないと品質が悪くなる」
- 「テスト計画はQA組織が考えた規定のテンプレートやチェックリストをクリアしなければいけない」
私は、これらの方針自体が間違っているとは思っていません。 テストはコンテキスト次第だからです。
一方で、私が重要と考えているのはソースとの接続がされているかです。
他のQAへの自己投影
一方で、これらの自己投影が、「ジュニアQA」にされるときがあります。
ルサンチマンとしてのQAを持つ場合、以下のような投影をしている場合があります。
- 救済されるべき可哀想な被害者だ
- 未熟で指導が必要だ
これらの認識により、「1人目QA」のやり方が正当化され、指導という形で表出します。
こうした個人の感情や自己投影が、組織に大きな影響を与えるという考え方が存在します。
それが、「ソース原理」です。
ソース原理
ソース原理とは、何かしらのイニシアチブを始めた根源はただ1人であるという視座から、活動を捉える考え方です。
このストーリーにおいて「1人目QAの成長」「QA組織の構築」というイニシアチブのソースとなっているのが、「1人目QA」でしょう。
グローバル・ソースとしてふるまうサブ・ソース
品質保証とは、どういった存在なのか、これはポジションを取らないといけないのですが、私は以下のように考えています。
「組織におけるありたいビジョンやミッションを達成するために品質保証がある」
ソース原理の言葉で言えば、「グローバル・ソース」が提唱するイニシアチブに対して、品質保証というサブイニシアチブソースがあるべきだと考えます。
こうしたレンズで物事を見た時、その人個人のナラティブのみで構成された「QA組織化」は、もはやサブ・ソースとは言えず、別個のグローバル・ソースの様相を見せます。
独立性というQAがグローバル・ソースとなってしまう力学
QA,つまり品質保証には、こうしたソースとしての接続が切れてしまう強力な力学が存在します。
それが、「テストの独立性」や「第三者検証」という価値観です。(第三者検証会社ではない点に留意してください)
すごく簡単に言ってしまえば、「品質保証」とは、開発手法、あるいは組織全体からの独立性により担保されるという考え方です。
※これはプロダクトの性質や社会の状況・要請によって異なるものですが、「独立するべき」と考えている人もいます。
なんにせよ、これらの”独立性”は1人目QAが持ち出す場合もありますし、ソース自身や経営層自身が持ち出すことも少なくありません。
こういった「品質保証の独立性」というマインドセットが、ソース自身、組織の目的・目標との独立が発生すると考えています。
グローバル・ソースとなったQA組織の自己強化ループ
こういったQA組織はルサンチマン的文脈や独立性という文脈に対して、強い自己強化ループを持ちうることがあります。
1人目QAというソースが強いエネルギーで以下のように認識することがあります。
- QA組織が成功したのは、QA組織のあり方ややり方を実践したからだ
- QA組織が失敗したのは、QA組織のあり方ややり方を実践できなかったからだ
QA組織の色
ここで、「組織化」という課題が顔を出します。
例えば、この場で「ソースとの断絶」や「QA組織の閉鎖性」について、正しくフィードバックできるN人目QAがいれば、回避する機会はあります。 (QA組織の)ソース自身もこれらを受け入れ、修正し、元のグローバル・ソースと接続する場合もあります。
ここで、「組織化」の形が問われます。
そのQA組織は何色か
ティール組織という考え方があります。
これはさまざまな組織のパターンを色で例示したものです。
ティール組織について、「ティールやグリーンが優れていて、レッドやアンバーは悪い」と思っている人はいますが、それは間違いです。
一方で、組織が好ましくない方向に進んでいる場合、よりソースに対してフィードバックが得られやすいのは、ティール・グリーン・あるいはオレンジでしょう。
ここで例えば権威的なアンバーの組織を取っていると、システムの声としての違和感は封殺されることは少なくありません。
おわりに:「1人目QA」と「QA組織」への提案
品質保証とは本来、その組織や事業において、適したものであるべきだと考えています。
そして、特にテストにおいては、「テストはコンテキスト次第」とあるように、コンテキストに応じた形で実施する必要があると考えています。
その前提に立った時、私は「QA組織」とは、「QAエンジニアのプレゼンスを高める」「QAエンジニアを増やす」「QAエンジニアの雇用を生む」といったものが必ずしも正解ではないと考えます。
私はこの点において 「組織が自律して品質保証について考えることができる状態にすること」 という立場を取ります。
ソースとのつながり
「品質保証」という性質上、特に事業会社の「1人目QA」という文脈において、私はQAエンジニアがソースとなることはないと考えています。 だからこそ、QAエンジニアはその組織におけるソースやイニシアチブを理解して、自分自身もサブ・ソースとしてふるまう必要があります。
自己投影を否定するわけではありません。 サブ・ソースとして、ソースのビジョンやエネルギーをきちんとキャッチして、その上で作り上げることが肝要だと私は考えます。
※付言として ソース原理について学べばわかりますが、ソースであろうがなかろうが、人間としては等しく価値があります。
対立から統合
品質保証はその性質上、スピードやビジネスといったものと対立することが少なくありません。 特に1人目QAの多くはそうでしょう。
ただ単に対立するのではなく、両者の目的を包含した「ジンテーゼ」そして、その具体的な方法を模索することが必要です。
その一つが「シフトレフト」かもしれませんし、「ユーザーインタビュー」かもしれません。
これらは強力なツールです。
一方で、ジンテーゼとの接続を失ってしまい、「QAエンジニアのプレゼンス向上」というアンチテーゼの文脈のなかに止まっていないかは注意が必要だと考えます。
システムリーダーシップの発揮
そうなると、1人目QAは単に「QAという機能を任された人間」という視座で止まってはいけないとわかります。
「品質保証」というものが持つ力学やナラティブに巻き込まれるからです。
だからこそ、全体を俯瞰するメタ認知を持ち、「組織構造」あるいは「システム」において何が必要かを明らかにする力、そしてそれを模索するための対話の力が必要になるでしょう。
参考文献
- トム・ニクソン著, 山田裕嗣・青野英明・嘉村賢州監訳『すべては1人から始まる――ビッグアイデアに向かって人と組織が動き出す「ソース原理」の力』英治出版, 2022年
- アーノルド・ミンデル著『うしろ向きに馬に乗る――プロセスワークの理論と実践』春秋社, 1999年
- フレデリック・ラルー著, 鈴木立哉訳, 嘉村賢州監訳『ティール組織 入門[新訳イラスト版]――これからの人・組織・働き方の話をしよう』英治出版, 2026年
- ドネラ・H・メドウズ著, 枝廣淳子訳『世界はシステムで動く――いま起きていることの本質をつかむ考え方』英治出版, 2015年
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